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ようこそ日本語・日本文学科へ ✿令和✿万葉✿大宰府特集 ❀ 入学式「桜の花は迎へ来らしも」❀

ようこそ日本語・日本文学科へ

4月4日、福岡国際会議場にて2019年度の入学式が行われました。

日本語・日本文学科には、88名の入学生をお迎えしました。

今年度は、暦の都合上、フレッシャーズセミナー(新入生研修、2日)と学科オリエンテーション(3日)が事前に行われていたためか、新入生も少しリラックスした表情でした。

 

当日、大学構内の桜も満開。

はればれとした気持ちで、新年度がスタートしました。

そこで桜の歌をご紹介しますね。

  去年之春 相有之君尓 戀尓手師 櫻花者 迎来良之母
                   (『万葉集』巻八1430番)
去年(こぞ)の春 逢へりし君に 恋ひにてし 桜の花は 迎へけらしも)
去年の春にお会いしたあなたに恋をしてしまって、桜の花は(今年も美しく咲いて)あなたをお迎えに来たのでしょうね。

まさに、新入生の皆さんの輝く笑顔を、満開の桜がお迎えする様子を表しているようではありませんか。

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さて、この歌について。

これは、恋の歌のように見えますが、一つ前の長歌に対する反歌で、ともに「雑歌」(ゾウカ、クサグサノウタ)の中に登場します。季節を主題とする歌です。万葉集の「雑歌」は、宮廷人達の公的なはれの歌なども含まれ、とても重要な分類でした。(私達が「雑」の字から受けるイメージとは、ずいぶんと異なっていますね。)

その長歌。

   娘子(    をとめ)らが頭挿(かざし)のために 遊士(みやびを)(かづら)のためと 敷きませる国のはたてに さきにける桜の花の 匂ひはもあなに(巻八1429番)

この二首に歌われているのは、「をとめ」「みやびを」(1429)「きみ」(1430)として登場する人々・・・・・・それは、花々が恋をするような、美しい方々でしょうか・・・・・・、その人々のために桜花が咲く、ということです。長歌の方でも、その人々の頭飾りとなるために咲いた、という表現がなされています。少しばかり自分勝手、人間本位な感じがしますが、もう少し考えを進めてみましょう。

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長歌の「敷きませる国のはたてに」に注目しましょう。これは、「(大君が)お治めになっているこの国の隅々まで」といった意味です。この言葉からは、当時の「国褒め、国見」に伴う歌の伝承が連想されます。もともと民間に、春の初めに高所に登り、土地を褒めてその年の豊饒を願う習俗があり、後にそれが支配者の儀礼となっていきました。これを「国褒め、国見」と言い、その儀礼が行われた地に「国見」などの地名が残ったとも言われます。古事記・日本書紀や万葉集には、そのような場で伝承されたと思われる歌が複数残っています。

この歌も、大君が治める国「であるからこそ」そこに咲いた花がにおう(光り輝く)ように美しいという、国(とその支配者をはじめ、そこに暮らす人々)を称える形で、伝統的な国褒め歌の一つの類型と重なっています。

さらに、これらの歌の後にある左注「右二首 若宮年魚麻呂誦之」に注目しましょう。「若宮年魚麻呂という人がこれを誦(よ)んだ」とあります。歌ったということであって、「作った」のではありません。年魚麻呂は、万葉集に数回登場しますが、伝承歌を披露する歌い手として知られた人であったようです。このことからも、この二首が、国褒めのような儀礼に関わる歌が伝えられたものであった可能性が高まります。

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単純に花を愛でるだけではなく、人々が暮らす国土を彩る自然を称えるという感覚、人と自然とどちらもお互いを大切に思う、そのような擬人化ととらえるのは、余計に自分勝手な解釈となってしまうでしょうか。

選歌:森田 真也(日本語・日本文学科教授)
解説:小野 望( 〃 )

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