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公開講座『第16回仏教学研究室公開講座「親鸞~その生涯をめぐって~⑤」』を開催しました【生涯学習センター】

 12月11日(土)筑紫女学園高等学校・水月ホールにおいて第16回仏教学研究室公開講座「親鸞~その生涯をめぐって~第5回往生から本願寺成立へ」を開催しました。
 講師は筑紫女学園大学短期大学部准教授、栗山俊之先生です。
 この講座は浄土真宗の宗祖親鸞聖人の90年の生涯を振り返りながら、「仏の教え」に触れることを目的としています。今回は親鸞聖人の晩年や往生、その後の門弟達の動向から本願寺の成立までについての講義でした。
 親鸞聖人の晩年は決して穏やかなものではありませんでした。62歳の頃、聖人は京都に戻られましたが、その後、関東の門弟達の間で聖人の教えに対する誤解や戸惑いにより多くの論争が起こりました。例えば、有名な「善人なおもて往生す、いわんや悪人をや」という、いわゆる悪人正機の教説を、“悪人が往生できるのであれば、どんな悪いことをしても良い”と受け止める人がいたのです。聖人の息子、善鸞が関東へと向かいましたが、混乱に拍車をかけたため、聖人から義絶(親子の縁を切る)されてしまいます。しかし、困難な状況を乗り越えた門弟達は、信に結ばれた同朋として、連帯を取り戻していきました。
 親鸞聖人が往生された後も様々な問題が起こりました。聖人の墓所、大谷廟堂を守る役職である留守職をめぐる争いです。留守職には門弟達の承認のもと、聖人の末娘覚信尼の子孫が就任するという取り決めがなされていましたが、覚信尼の子、覚恵と異父弟唯善との間で留守職を巡る争いが起こります。最終的には覚恵の子覚如と唯善が青蓮院で対決し、唯善は聖人の影像・遺骨を奪い、金物・石塔を破壊して鎌倉に逃げてしまいます。このような身内同士の相続争いが続いたために、一時、性善という人物が留守職に就きますが、覚如が『覚如懇望状案』を門弟に提出し、翌年に留守職として認められます。『覚如懇望状案』は12か条から成り、「個人的借金を御門弟に負担させない」、「御影堂敷地内に好色傾城等を招き入れ、酒宴をしない。主催者が他人でもいけない」など俗世との関わりが深い内容もありました。
 留守職となった覚如は、後に大谷廟堂を本願寺とします。そして本願寺を中心とした教団づくりを目指したのです。
 
 受講者の皆さんは配布された資料を読みながら、真剣に話を聞いておられましたが、栗山先生のユーモアを交えながらのお話により、終始、和やかな雰囲気でした。
                   (報告/アジア文化学科 2年 野田 真紀子)
*平成22年度の仏教学研究室の公開講座はこれで終了です。
平成23年度は6月頃に太宰府市にて「仏教文化講座」、10月頃に「仏教学研究室公開講座」を開催する予定です。
詳細が決まりましたら、ホームページ等でお知らせします。
受講希望の受付は、前期4月1日、後期9月1日からです。
●公開講座の詳細・受講申込みはこちら↓↓↓↓
http://www.chikushi-u.ac.jp/campaign/lecture/index.html