お知らせNews

公開講座「仏教入門~ブッダの生涯を通じて仏教を学ぶ~」②を開催しました【生涯学習センター】

 10月14日(水)久留米市生涯学習センター「えーるピア久留米」において、第15回仏教学研究室公開講義「仏教入門~ブッダの生涯を通じて仏教を学ぶ~」を開催しました。
 講師は本学非常勤講師の毛利俊英先生です。
 今回はブッダが老病死と出会い、身分や家族など全てを捨てて家を出ていく過程を聞きました。
 まず、簡単に前回の復習を含めて王子(ブッダ)の育った環境やシュッドーダナ王の徹底した環境作りについて話されました。シュッドーダナ王は、王子が生まれる時のアシタ仙人の予言を意識し、王子が出家することを懸念していました。王は王子に高級な衣服や、高殿という住む場所を季節ごと(冬・夏・雨季)に用意させ、さらには、老病死などの不快なものを見ることがないように楼閣の中に住まわせることにしました。地上を歩くことをゆるさなかったほど徹底した人為的空間を作り上げることにより、美・快適・富・健康・若さなど、もろもろの欲への執着を起こさせようとしたのです。
 ある日、王子は女たちが好むという都の森の楽しさを聞き、外に出たいと思いました。
そこで、シュッドーダナは王子が通る道で不快なものに出会わないようにします。しかし、ブッダは外の世界に出て、老・病・死といった現実に直面します。
 楼閣の東の門から出たときに「老」と、南の門では「病」に、西の門では「死」に出会います。そして、北の門から出る時に「沙門(修行者)」と出会います。(これらを四門出遊といいます。)
ブッダは、それらと出会い、今までの“幸せ”に疑問を抱くと同時に、恐怖を感じ困惑しました。老・病・死を思う苦悩の日々からは、若さの驕り・健康の驕り・生きていくという驕りが消えうせてしまい、その驕りが消えたとき、自分自身にも老・病・死がおとずれることを、自らのこととして自覚したのでした。
 その後、父が心配していたことが現実となり、在家から出家しました。
 人間の生の意味を考えるために、今の自分にとって大切なものを12ほど書きだし、その後さらに自分が老い病み死んでゆくという過程を予想してみると、その過程の中で、自分は何をあきらめ、何を最も大切なものとして考えるようになるでしょうか?自分自身が老・病・死と向き合ったとき、いつもは埋もれて気づかなかったものが、大切なものとして感じられてくるように思います。
 この講座で、普段あまり意識することが無い大切なものとは何か考えるきっかけが持てました。
              (報告/英語メディア学科3年 大坪智佳・小宮志保)
*次回は10月28日(水)に開催します。
テーマ: 初めての説法
講師: 永久 欣也(本学准教授)
●公開講座の詳細・受講申込みはこちら
http://www.chikushi-u.ac.jp/campaign/lecture/index.html