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公開講座「文学と南」(8)②を開催しました【社会連携センター】

「文学と南」(8) 近・現代詩の地平

第2回 「田村隆一の世界」講師:渡辺玄英(詩人)

 1月18日(土)、太宰府市いきいき情報センター209教室で、公開講座「文学と南(8)」を開催しました。第2回目は、詩人の渡辺玄英先生が講師を務めました。「恐怖の報酬という美学~田村隆一の南」と題して、2時間ほどお話されました。
 先生は、戦後詩に大きな影響を与えた田村隆一の詩は、戦前から戦後にかけての日本の情勢や詩の作風の変化を読み解く多くのヒントを含んでいると述べられました。田村は、1923年に東京府に生まれ、モダニズム詩に親しみ、47年に鮎川信夫らと「荒地」を創刊し、断言的な強い言葉を用い、メタファの詩に結実させた作品を作りながら、次第にこうした先鋭的危機を表現するスタイルを変化させ、「世界」への不信と喪失感覚や存在感覚を手掛かりに晩期へと詩作活動を続けていきました。

 講座では数多くの詩を取り上げましたが、なかでも56年に出版された『四千の日と夜』に収められている同じタイトルの作品は強く記憶に残りました。
〈一篇の詩が生れるためには、/われわれは殺さなければならない/多くのものを殺さなければならない/多くの愛するものを射殺し、暗殺し、毒殺するのだ〉
 渡辺先生は、「射殺」「暗殺」「毒殺」という残虐で毒々しい言葉を盛り込んだこの作品には、戦争という現実の危機に対し無力で、また戦争に協力するような戦争賛美の作品を書いていた戦前の詩人たちへの強い反発と、これまでの日本的な抒情と論理を否定しながら戦後のあたらしい詩世界へ向かう決意が込められているとお話されました。古いものを打ち破っていくときには残酷な強さも必要なのかもしれないと感じました。
 また、ミステリー小説の出版社として有名な早川書房に入社して外国の翻訳文学にも親しんでいたため田村の作品は「生硬」で「鉱物的な感触」があるとも話されました。わたしたちが小学校や中学校で学んできた金子みすゞや谷川俊太郎が使うやわらかな言葉で書かれた作品とはかなり違っていて、冷たい感じがするのもそのせいかもしれないと思いました。

 受講した方は、メモを取り、相槌を打ちながら真剣に先生の話を聞いていました。わたしは先生のお話をお聴きして、現代詩はただ意味を読み解くだけではなく、言葉のリズムやイメージ、ニュアンス等で芸術性や文学性を感じ取ることが大切であることを学ぶことができ、詩への親近感と感じ方の視野が広がりました。

 

報告/現代社会学部1年 宮崎貴子(公開講座サポーター)