各学科からのお知らせNews from Departments

オープンキャンパス(8/6)ミニ講義ダイジェスト

「中原中也の異能力」

文豪ストレイドッグス・ダダイズム

松下博文

 文豪ストレイドッグスの第5期放送がこの7月からはじまりました。さまざまなキャラクターの異能力にわくわくドキドキです。わたしが一番好きなキャラクターは中原中也(二番目は中島敦)。かれは重力を自由にあやつる能力「汚れつちまつた悲しみに」をもっています。ちょっと難しい言葉でいえば「時空間のゼロ化」です。ただ、原作でつかわれる異能力「汚れつちまつた悲しみに」では重力を自由にあやつることはできません。ではこの能力はどの作品を根拠にして作り出されたのでしょうか。次の一篇にそのヒントがあります。

 

「サーカス」

幾時代かがありまして
  茶色い戦争ありました

幾時代かがありまして
  冬は疾風(しっぷう)吹きました

幾時代かがありまして
  今夜此処(ここ)での一(ひ)と殷盛(さか)り
    今夜此処での一と殷盛り

サーカス小屋は高い梁(はり)
  そこに一つのブランコだ
見えるともないブランコだ

頭倒(あたまさか)さに手を垂れて
  汚れ木綿(もめん)の屋蓋(やね)のもと
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

それの近くの白い灯(ひ)が
  安値(やす)いリボンと息を吐(は)き

観客様はみな鰯(いわし)
  咽喉(のんど)が鳴ります牡蠣殻(かきがら)と
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

      屋外(やがい)は真ッ闇(くら) 闇の闇
      夜は劫々と更けまする
      落下傘奴(らっかがさめ)のノスタルジアと
      ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

 

 ブランコの揺れをあらわす「ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん」という擬音語がとても印象的な作品です。高い高いサーカス小屋の天上、本来なら緊張した空中ブランコの場面ですが、しかし作品ではその緊張をわざとのようにつまずかせ、緩んだ時間の流れとよどんだ空間を作り出しています。ブランコの乗り手は時間と空間の一般的な法則性からは自由です(時空間のゼロ化)。しかし自由になり解放されることによって乗り手はますます危険にさらされることになります。じつはそれが中原中也の実験的な詩的戦略なのです。

 いっさいの価値と法則を破壊し、転倒させ、読み手に現象の不条理さを感じさせること。読者に「おやっ?」と思わせること。中也詩の魅力の一端はここにあると思います。それは、17歳のときに出会った『ダダイスト新吉の詩』によって方向づけられました。

 ダダイズムは第一次世界大戦後にスイスやフランスで発生した前衛的な芸術運動です。意識の純粋性を重んじ、物事を直観で捉え、いっさいの既成秩序を否定する思想です。青春真っ只中の17歳の中也は、このダダイズムとぶつかりました。当時書いていた大学ノートには次のような作品が残されています。

 

        「ダダ音楽の歌詞」

ウワキはハミガキ ウワバミはウロコ 
太陽が落ちて 太陽の世界が始った

テッポーは戸袋 ヒョータンはキンチャク
太陽が上って 夜の世界が始った

オハグロは妖怪 下痢はトブクロ
レイメイと日暮が直径を描いて ダダの世界が始った

(それを釈迦が眺めて それをキリストが感心する)

 

 価値基準が異なるものを等価に結びつけ、語呂合わせ的な音的リズムを多用し、連想によってイメージをふくらませる手法。ダダイストは宇宙に君臨し釈迦やキリストも支配できるのです。

なんと傲慢なのでしょう。しかしそれがダダイズムの異能力。文豪ストレイドッグスのキャラクターがすべて魅力的なのは、かれらが唯一無二の特殊な能力をもっているからです。中也はダダイズム思想をベースにした「時空間のゼロ化」(重力を自由にあやつる能力)をもってストレイドッグスに君臨しています。中也の異能力「汚れつちまつた悲しみに」の背景にこうした思想があることを理解した上で文ストにふれるとバトル争いもますます楽しみになりますよ。

2023.8.6