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2023年度 新入生を迎えました! ~その1~

新年度が始まりました。日本語・日本文学科も、新1年生と3年次編入生を迎え、2023年度開始です!

4月4日(火)入学式。福岡国際会議場にて、厳粛な中にも歓迎の意を込めた式典が挙行されました。

新入生、編入生のみなさんに ~2023年度新入生オリエンテーションにて~

翌5日から11日(火)まで新入生オリエンテーションが行われました。
学科のオリエンテーション冒頭に、あまりお祝いの言葉らしくはなかったかもしれませんが、私はこんな話をしました。

 

新入生、編入生のみなさんに

髙 山 百合子(学科長・日本語学)

 昨日は天気に恵まれ、うららかな青空の下、無事に入学式を行うことが出来ました。皆さん、改めてご入学おめでとうございます。

 皆さんは、晴れて文学部日本語・日本文学科、日文の学生となりました。これからの4年間、日本語学、文学、文化を学んで、いずれ社会へ巣立っていくことになります。そんな皆さんに、これから私がお話しすることを、ぜひ覚えておいてほしいのです。けっしてめでたい話でも、お祝いの言葉でもありません。でも、ぜひ聴いてほしいと思っています。

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 さて、安部元首相の不慮の事故を発端にして、旧統一教会の問題、とりわけ、いわゆる「宗教2世」の問題が注目されることになりました。皆さんもこのことはご存じだろうと思います。その関連本が、けさ、わが家の食卓になにげなく置かれていました。家族が買ったものでしょう。こんな題名です。

  菊池真理子著 『「神様」のいる家で育ちました』

注目してほしいのは、その副題です。

  ~宗教2世な私たち~

と記されています。「宗教2世私たち」ではありません。ここが私の話のポイントです。

 

 「宗教2世の私たち」でなく、「宗教2世私たち」となっているのはどういうことでしょうか。

 例えば「東京の人」といえば、「東京に住んでいる人」の意味になるでしょう。「福岡の人」も同じことです。それが「東京な人」となるとどうでしょうか。「いかにも東京に住んでいるような都会風を気取っている人」くらいの意味合いでしょうか。少々皮肉や揶揄が混じっていそうです。では「福岡な人」はどうでしょう。福岡出身者の多い皆さんは、どんな人を思い浮かべますか?

 「宝塚の人」「宝塚な人」ならもっとイメージが湧くでしょうか。試してみましょう。「宝塚の人」は「宝塚に住んでいる人」でも、「宝塚歌劇団の団員」でもいいでしょう。これを「宝塚な人」にするとどうなるか。派手なメーク、衣装で、身振り手振りも大きく、朗々と歌っている人、あるいは、男役のスターになったつもりの人といったところでしょうか。

 

 「東京の人」「福岡の人」「宝塚の人」の「の」は連体格の助詞、「東京な」「福岡な」「宝塚な」は、品詞で言えば形容動詞、つまり、「〇〇な」となった途端、修飾する力を持つ単語になるのです。OとAというわずかな母音の違いです。あるときラジオで相撲中継を聴いていたら、「理想な相撲取り」という解説者の言葉が聞えてきました。これも「理想だ」という形容動詞になっているわけです。この現象は明治以降、盛んに起っています。

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 さて、皆さん。皆さんは本を読むのが好きとか国語の成績がよいということで、この日本語・日本文学科を選んでくれた人が多いのではないかと想像しています。それはとてもうれしいことで、私たちはそんな皆さんを心から歓迎します。

 加えて、これからは、「宗教2世の」ではなく、「宗教2世私たち」となっている、というようなことに、ぜひ気付いてほしいと思うのです。我が子の戸惑いや困難に向き合ってはくれず、自らの信仰に没頭していく親を持った自分たちを、客観視しながらユーモアをもって受け止める、そんなたくましささえ感じられる題名ではないでしょうか。若い皆さんたちがそこに気付き、さらに理解を深めようとすることで、「宗教2世」の若者たちの苦しみは、多少とも救われていくかもしれません。少なくとも、認知されていく可能性は高まるでしょう。

 これまで以上に注意深く周囲の言葉を聴き、目を向けてください。ここ令和の里太宰府の地で、これから皆さんの目が、世界に向けて、さらには時代を越えて開かれていくことを、私たち日文の教員一同、心より願っています。

 残念ながら大学には「楽しいキャンパスライフ」だけが待っているわけではありません。それぞれがこの大学での学びを通して自分を成長させ、社会人としての礎を築きあげてくれること――そのためのサポートを、本学、そしてもちろん日本語・日本文学科は惜しみません。