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公開講座「『維新起原太宰府紀念編』の和歌(3)」を開催しました

5月31日(土)1号館1202教室において、本学教授 赤塚睦男先生による公開講座「『維新起原太宰府紀念編』の和歌(3)」が開催されました。
「維新起原太宰府紀念編」は明治26(1893)年に発刊。江戸時代末期に公武合体派の策略により太宰府へ流された尊皇攘夷派の5人の公卿「五卿」の顛末が書かれています。その最終章(17章)にまとめられている排悶の詩歌を読み解くのが、この講座です。
排悶とは、心にわだかまった思いを吐き出すこと。憂さを晴らしたり、心に余ったものを和歌にして読んだのです。
第3回目のこの日は、三条西季知(すえとも)の14首をたどりました。
季知は太宰府に下っていた当時50代後半で、五卿の中で最年長でした。今の50代とは少し感覚が違うと思いますが、最も「老い」の意識を持っていたようです。和歌からもそのことが伺え、若者に対する教訓的な和歌を残しています。
その歌をご紹介します。
久しかれ あだにな散りそ 藤の花 
     かかれる松は 常磐なりけり
(はかなく散るなよ藤の花、お前が寄りかかっている松は常緑の木ではないか)
単に植物を詠んだ歌のようですが、赤塚先生によると、この歌に出てくる松と藤の構図は、皇室(松)に寄りかかることで繁栄した藤原氏(藤)の摂関政治を象徴し、潔い死を美化する風潮があった幕末に「天皇の世は永遠に続くのだから、若者たちよ死に急ぐな」と諌めている歌だそうです。
先生は「妄想かもしれませんが・・」と断わられましたが、深い考察に、参加者からは「長崎街道に近い太宰府は、情報収集も早かった。王政復古が決まった時期に読まれた歌ではないでしょうか」などと活発な感想が出されていました。
他にも、年少の三条実美(さねとみ)が詠んだ歌と対比をしたり、漢詩を引用したりしながら季知の人物像に近づいてゆきました。
第4回目の講座は今秋11月を予定しています。
福岡に明治維新の起源があったことを和歌から読み解ける興味深い講座です。どうぞご参加ください。
(報告/大学院 人間科学研究科 坂口紀美子)