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公開講座「日本人の教養~かなと漢字~」(第3回)を開催しました。

10月11日(土)太宰府市いきいき情報センターにおいて、公開講座「日本人の教養~かなと漢字~」が開催されました。
第1回講座では平安時代を、第2回目では鎌倉時代を背景に、かなと漢字が日本人の教養にどう影響してきたのかを辿ってきました。
最終回となる今回は、「読書百遍!~江戸時代の子どもはどう学んだか~」をテーマに江戸時代を中心にお話し下さいました。
講師は日本語・日本文学科教授の木村政伸先生です。
近世農村の文化には、「かな文化」と「漢字文化」があると言われています。
「かな文化」の代表は俳句で、農村の中でも上層の人々が俳句・俳諧を中心に文化的活動を行なっていたそうです。
一方、「漢字文化」の代表は漢詩で、漢字の読み書きにはかなりの勉強を要したそうです。
「極楽字殿御消息」(1256年以降)に記されている北条重時の文には「出家」を「しゆつけ」と書くなど、平仮名が多く見られます。
しかし、黒田長政遺言・掟則(1623年)といった江戸時代の一般的文書にはかなり多くの漢字が使われています。
また、達筆な花押で署名を書くことができる人も多く、江戸時代の上層階級の人々にとって漢字は社交のためのスキル、そして教養として確立されていったのだそうです。
では、江戸時代の子どもはどのように漢文・漢詩を学んでいたのでしょうか。
それは、今回の講座テーマ「読書百遍」の通り、書物をひたすら読み、暗誦するという勉強法でした。
これについて木村先生は、「このような素読を通してなされる『読書』は、丸暗記をするため、意味が理解できていないと否定されてきました。しかし、素読によって文章が身体のなかに刻印~身体化~され、場合によっては読解力や理解力につながり得る、と最近では再評価されています。」と解説なさいました。
全3回の講座を終え、平安時代の「女手が支えた『かな文化』」、鎌倉時代の「中国から伝わった故事の『漢字文化』」、そして江戸時代の「かな文化」と「漢字文化」と「学習法」の関わり。これらすべてが現代の日本の文化に繋がっていることが理解できました。
普段何気なく使っている「かな」と「漢字」を、歴史的に様々な観点から考えることのできる貴重な講座だったと思います。
(報告/現代教養学科2年 元村菜津美)
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http://www.chikushi-u.ac.jp/campaign/lecture/index.html