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公開講座「文学と南(10)」①を開催しました【社会連携センター】

「歴史と文学ー天平時代」
①シルクロードと渤海王国ーもう一つの遣唐使

講師 藤井一二 先生(松蔭大学特任教授・金沢星稜大学名誉教授・文学博士)

2月13日(土曜日)、14時から16時30分まで、6101教室で公開講座「文学と南」第10回が開催されました。第1回目は、松蔭大学特任教授・金沢星稜大学名誉教授・文学博士の藤井一二先生が「シルクロードと渤海王国-もう一つの遣唐使」と題して講師を務めました。先生は『天平の渤海交流―もうひとつの遣唐使』(塙書房)『和同開珎』(中公新書)『大伴家持』(中公新書)等、多くの著書をお持ちです。

 

講座は、渤海王国についての話から始まりました。王国は、698年に大祚栄が中国東北部を中心に建国、全盛期には中国の史書が「海東盛国」と称えるほどに繁栄し、926年に契丹によって滅ぼされた国です。約230年間にわたって周辺国と活発な対外交渉を持ち、特に日本海側の北陸を中心に王国から日本へは33回、日本から王国へは13回、使節団が往来し、王国経由で長安・洛陽へ遣唐使を送ったり、渤海王国から渤海使が日本に来たり、これらの交流によって我が国は様々な国際情報を得ていました。こうした交流の道を北のシルクロードと呼ぶそうです。もちろん南のシルクロードであるここ太宰府とも繋がっていました。資料として配布された「太宰府から考える東アジア大交流時代」の緻密な内容を見て、あらためて古代における太宰府の重要さを認識することができました。

わたしは「北のシルクロード」という呼び方にびっくりしました。今回の講座では、渤海王国があった中国東北部、たとえば吉林省、牡丹江等の多くの遺跡をカラーの映像で見ることができ、自分もそこを歩いたような臨場感を得ることができました。そして、古代に日本と渤海王国などの東アジアが様々に交流していた歴史を強く感じることができました。それにしても、あの広大な土地をフィールドワークされた先生のバイタリティにまたまた驚かされました。今回の講座は、北のルートを手がかりに、古代の日本が東アジアとどのように交流していたのかを知る良い機会になりました。

(報告/文学部 日本語・日本文学科3年 松本みさと)

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