2024.03.18
【社会連携センター】筑紫女学園大学×福岡県人権啓発情報センター包括連携協定事業「ジェンダー・セクシュアリティ・多様性」トークセッション
1月25日(土)、太宰府市いきいき情報センター209教室で、公開講座「文学と南(8)」を開催しました。第3回目は「茨木のり子の世界」。今回も前回と同様に詩人の渡辺玄英先生が講師を務めました。
茨木のり子さんは戦後の代表的な女性詩人の一人です。講座は彼女の略年譜とともに4つの詩の特徴を挙げながら進められました。まず一つ目は〈戦中派〉の実感に裏打ちされているという点です。「戦中派」というのは戦争中に育った人のことで、とくに青少年期に「大東亜戦争」を経験した人たちのことを指します。今回その特徴がみられる詩の例として「根布川の海」が取り挙げられました。作品の背景は敗戦から8年が経った根布川の海。戦時中10代であった少女はもう30代になろうとしていました。
〈十代の歳月/風船のように消えた/無知で純粋に徒労だった歳月/(略)女の年輪をましながら/ふたたび私は通過する/あれから八年/ひたすらに不敵なこころを育て/(略)舌なめずりして私は生きよう〉――戦中から戦後へ、戦争に殉じた純粋な少女から不敵でしたたかな裏面を持った大人の女性への変身は、戦後の日本社会が作り出したキャリア・ウーマンそのものに思えました。
二つ目の特徴が詩の言葉の明晰性、簡単に言うと詩の意味が分かりやすいということです。上記の作品にもそうした特徴が見られます。三つ目の特徴は彼女の作品は花鳥風月という日本詩歌の伝統的な抒情性から切断されているという点です。この特徴は、童謡詩人野口雨情の影響を受けている新川和江さんの作品「ひばりの様に」「花壇」「歌」と比較しながらお話されました。
四つ目の特徴は詩に強い倫理性があるという点です。これは、茨木さんの詩の中に間違ったことをしないといった主張をする詩が多いということです。しかし渡辺先生は、飯島耕一さんの評論を引用しながら、〈悪〉の無いこうした倫理性が彼女の詩の可能性と奥行きを阻んでいると述べられました。たしかに、あの有名な「わたしが一番きれいだったとき」には〈悪〉の匂いはしませんし、ミンダナオ島で戦死し26年後に樹上にぶら下がった日本兵の髑髏を描いた「木の実」にも〈悪〉の匂いはしません。様々な観点から作品を読みこんで行く先生のお話にあっというまに2時間が過ぎてしまいました。