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公開講座「第24回仏教学研究室公開講義」①を開催しました。【生涯学習センター】

 平成29年10月7日(土)に大牟田文化ホールにおいて、第24回仏教学研究室公開講義「ビジュアル~親鸞の歩んだ道~①青年期の親鸞」を開催しました。講師は人間関係専攻准教授の宇治和貴先生です。

 まず初めに、親鸞の生涯について、実際に関東・越後・京都の地図を用いて、親鸞がどのような生涯を歩んだのか、足跡をたどる形で説明していただきました。9歳で出家し、29歳までの20年間比叡山で修行されていたことや、36歳に罪人として越後へ流罪されたこと、42歳に越後から関東に行き、60歳過ぎに関東から京都に戻ったということが分かりました。

 また、親鸞は100日間、毎日比叡山と六角堂との約20㎞の距離を往復しながら、このまま比叡山に残るのか、法然の専修念仏に入るのか、毎晩悩んでいたそうです。そして、95日目の朝、専修念仏に入るというお告げを聖徳太子からされたという話がありました。それまでの20年間教えられ、正しいと思ってきたことをすべて否定せざるを得なかった事実を知りました。

 今回の講義では、沢山の写真を用いて説明して下さりました。特に興味深かったのは、親鸞が生まれた時に使われたと言われている「産湯の井戸」や、へその緒が埋めてあるという「ゑな塚」の場所が比較的新しい時代に制定されたものであるという点でした。江戸時代後期からあるとされる、これらの親鸞ゆかりの地ですが、親鸞が生まれた時から、後に歴史に名を残すような人物になると分かっていたはずはないという話を聞きながら、多方面からの視点を持つことの大切さを考えました。

 また、親鸞の生涯について、歴史的な事実と、『親鸞伝絵』や『御伝承』により伝えられていることには相違点があるということが分かりました。例えば、親鸞の師は慈円とされていますが、歴史的な見方をしていくと、慈円ではないと言わざるを得ないという話がありました。『親鸞伝絵』や『御伝承』を書いたとされる覚如が、自分の先祖を高貴な者とすることによって、自分自身の貧しい生活を脱却したいと考え、歴史を上手に作ったという話が興味深かったです。今回の講義を通して、浄土真宗が表明している見解と、史料に基づく説の相違点を学ぶことができ、より一層、親鸞聖人の生き方について興味を持つことができました。

報告/人間科学部人間科学科幼児保育コース4年 稲田愛貴(公開講座サポーター)

*今後の予定は、以下のとおりです。
②10月14日(土)
専修念仏にであった親鸞~専修念仏入門・弾圧・流罪~
講師:栗山俊之(現代社会学部教授)
③10月21日(土)
越後から関東へ旅する親鸞~越後・佐貫の三部経千回読誦~
講師:金見倫吾(非常勤講師)
④10月28日(土)
関東時代の親鸞~関東での伝道・『教行信証』の制作~
講師:栗山俊之(現代社会学部教授)
⑤11月11日(土)
晩年の親鸞~善鸞義絶事件・往生~
講師:宇治和貴(人間科学部准教授)

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