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キャンパス説明会 ✿ ミニ講義ダイジェスト ☆日文の学び

 2021年10月9日、キャンパス説明会で行ったオープンキャンパスでのミニ講義をご紹介します。

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     ■解説 ミニ講義    ワザワイを予言する妖怪たち 

 森田真也 教授

■はじめに~妖怪ってどんなもの 

 妖怪とはどのような存在なのでしょうか。妖怪を本気で研究しようと考えたのが、民俗学の創設者の柳田国男という人です。民俗学は、伝統文化を研究するだけではなく、少し前の過去を振り返り、私たち自身の生活、歴史、現代社会を考える学問です。民俗学では、妖怪には人の心の在り方が反映されていると考えます。そこで、妖怪とは、「不可思議な現象をひき起こしたり、人間に恐怖や不安を与えたりするもの。また、そのような現象をもたらすと信じられている神仏・祖先の霊とは異なる超自然的存在」、としておきましょう。 

■アマビエの出現 

 「アマビエ」というものを知っていますか。新型コロナウイルスの感染拡大を背景にブームになった、あの奇妙なルックスの不思議な生き物(?)です。その出現を知らせるのは一枚の「摺物(すりもの)」です。そこには、以下のようなことが、書かれています。 

 肥後国(熊本)の海に毎夜光るモノが現れる。役人が見にいくと図のようなものが出現した。そして、「私は海中に住むアマビエと申すもの。今年から6年間は諸国で豊作が続くが、疫病も流行する。そのため、急いで私の姿を写して人々にみせなさい」といって海中に姿を消したという。 

 役人が写したという絵は、長髪に鳥のようなクシバシ、魚のようなウロコ、3本の尾(ヒレ・足)のようなものが付いている生き物が波間に浮かぶ姿です。そして、弘化3(1846)年4月中旬と入っています。アマビエの存在や姿が記されているものは、実はこの瓦版一枚しかありません。熊本周辺の伝承にもありません。どうしてこの時期に忽然と姿を現し、消えたのか、誰にもわからないのです。

■予言する異形のものたち 

 しかしながら、似たような事件がいくつか起きていることが確認できます。重要な点は、いきなり姿を現した異形のモノが、何かを予言し、消えた、ということです。予言をする異形のモノを「予言獣」といいます。予言獣とは、多くの人びとがその存在を信じて、記録、言い伝えてきた、不可思議な「生き物」のうち、人間の未来を予言し、伝えるものをいいます。 

 この予言獣には、「件(くだん)」、「白澤(はくたく)」、「神社姫(じんじゃひめ)」、「姫魚(ひめうお)」、「豊年亀」、「亀女」、「豊年魚(大魚)、「人魚」などがいます。これらの予言獣は、疫病の流行、飢饉、台風、地震、戦争、作物の豊凶などの予言をしています。 

 予言獣には共通する特徴があります。時期は近世後期に集中しており、場所は地方であることが多いといえます。近世期は瓦版、錦絵、風説留、近代以降は地方新聞などに記録されてきました。さらに、文章と図像とが書き記されていること。次に、その姿は人と動物とを混ぜたような姿をしているということ。さらに、記された内容としては、ある場所に不思議なものが出現し、それを目撃した者に予言を行なうが、内容は災いが多いこと。そして、災いを除けるために、自らの姿を見る、姿絵を写す、その写絵や瓦版を家に貼り置く、人々に話を広めることをいいます。 

 予言獣という括りでアマビエを見ると内容が似ていることがわかります。さて、それではアマビエはどうやって生まれたのでしょうか。アマビエによく似たものとして、「アマビコ」というものがいます。最も古い出現記録は1843年です。いずれも豊作と疫病の流行を予言しており、先の予言獣同様に自身の姿を描き写し見たものは、災いを回避出来たり、無病息災になるとしています。記録を時系列で並べると、どうもアマビエの話、以前に神社姫、件、アマビコという先輩がいるようなのです。そのため、アマビエは、アマビコが転写される際に「コ」が「エ」と誤記された、もしくは意図的に変えられたのではないか、という説が有力です。 

 次に容姿についてです。アマビエには、3本の尾のようなものがあります。絵図に描かれたアマビコの多くが3本足、長い髪の猿のような容姿であらわされています。神社姫にも剣状の3本の尾(ヒレ)と長い髪があります。伝聞の内容だけでなく、予言獣には容姿上の類似点が指摘できるのです。 

 そして、その出現には、文字と印刷物、つまりマスメディアの特性が反映されていると考えられます。瓦版は都市である江戸のマスメディアです。そこでは、地方であったとされるような真偽の怪しいうわさ話もネタにされています。瓦版そのものが災い除けの護符とされてきたということは、販売する側の思惑が推察出来るかもしれません。 

 人々は何故このような怪しい話と図像を描き写し、広めたのでしょうか。その理由の一つとして、江戸時代にあった、珍獣・幻獣の姿、さらにそれを書き写したものをみると、除災招福のご利益が得られると信じられていたということがあります。人魚のような架空の生き物を描いた瓦版、さらに舶来の珍獣である象やラクダそのもの、書き写したものをみること、それを貼りおくことも効果があるとされました。予言獣は、その多くが人と動物や魚など人にあらざるものとの中間的な姿をしています。人々はそのような両義的な容姿に神聖性を見出したのではないでしょうか。 

 そして、予言獣が流行するのは、疫病の流行や飢饉、災害や戦争という社会が不安定な時期と同一しているようです。予言獣の流行には、不安定な時代背景、人々の集合的な不安感や危機意識、マスメディアの介在という面があるようです。 

 もう一つ、江戸後期から明治にかけて識字率があがり、情報の流通が活性化し、地方の知識人がこぞって様々な話しを書き写すのが流行したことによるのではないかという説があります。そのなかにも予言獣が描かれています。情報は転写されたり、伝聞されることで、新たな部分が加わったり、逆に細部が落ちていくこともあります。そこで、重要なのが民衆の「想像力」と「創造力」だと思われます。予言獣が近世後期に盛んに出現する(出現したと記録される)ようになるのは、このような時代背景があったと思われるのです。 

 その後、明治期において、新しいマスメディアとして地方新聞が予言獣を記録する場所となりましたが、国民国家化が進み、情報が統制、教育や科学的知識の浸透などの要因から、予言獣たちは徐々に表舞台から姿を消していくことになったようです。 

■現代社会におけるアマビエの流行 

 アマビエが現代社会においてブームになったのには理由があります。背景として、新型コロナウイルスが2020年以降大流行しました。その際、疫病を避ける妖怪として、2月下旬頃から漫画家の描いたマンガがTwitterで話題になったということ。4月、厚生労働省が感染の予防策の一環で啓発アイコンとして起用したこと。外出自粛のなか、アマビエの絵をSNSに投稿する「アマビエ・チャレンジ」に著名アーティストたちが応じたこと。そして、「緊急事態宣言」発令前後から、急速にネット上のソーシャルメディアにおいて、図像が拡散し、様々なアマビエが描かれるようになりました。 

 現代社会においてアマビエが注目されたのには、先の時代、予言獣たちが流行したのと同じような社会不安があるのでしょう。そこには、近世期と変わらないような、民衆の「想像力」と「創造力」があるように思えます。現在、瓦版に代わる役割をするのがネットです。予言獣の流行に共通しているのが、社会不安とメディアの存在といっていいでしょう。 

 現代社会では、インターネットによって多種多様な情報が発信、需要されています。そして、簡単に自分のアマビエを描き、発信出来るのです。また、その姿が人でもない、動物でもない、奇妙ではあるが恐ろしげでない、誰もが描きやすいユーモラスな姿であることも大きかったと思います。アマビエは、最初から疫病除けの「なんちゃって護符」の意味を持つ、「ゆるキャラ」として描かれ、その後に商品化されていったといえるでしょう。 

 そこには、現代科学においても制御出来ない疫病へのリアルな恐れ、一方、それを同じように制御出来ない超自然的な存在である予言獣(妖怪)の神聖性で撲滅するという発想を、自粛による自宅待機の状況において楽しもうとする姿勢(意識)も見て取れます。

■おわりに 

 予言獣アマビエは、新型コロナウイルスの流行と連動し、マスメディアとソーシャルネットワークの相乗効果によってその存在が知られるようになり、商品化されるようになった妖怪、つまり現代社会において再発見、または再創造された妖怪といえるでしょう。そして、アマビエ・グッツには、「悪疫退散」「無病息災」などの文字が刻まれ、災い除けの護符的効果が期待されているようです。そこには、人々の新型コロナ終息への切なる願いが込められているようです。 

 以上みてきたように、妖怪たちはマスメディアやインターネット上で活躍しているように思えます。さらに、地域振興や何よりマンガやアニメの世界でも大活躍しています。民俗学は、妖怪そのものだけでなく、怪異を通して人や社会を考える学問でもあります。妖怪とは、人の心、そして過去だけではなく、今の日本社会を反映しているかもしれません。 

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No.141 **********

過去のオープンキャンパス等のご紹介です。