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✿ 日文の学び ✿ 文学旅行:中原中也をめぐる旅

 7月23日(土)、24(日)の1泊2日で中原中也の故郷を訪ねる文学旅行に行ってきました。この旅行は、「近・現代文学演習I」で中也の詩を解釈・鑑賞したことがきっかけで、松下博文先生のご提案と2人の学生の計画案に沿って、有志7名の参加で実現したものです(先生はご都合で参加できませんでした)。旅行では、山口市湯田温泉にある中原中也記念館を最大の目的地として、中也の墓や「一つのメルヘン」など複数の詩に登場する吉敷川や詩碑などを巡りました。
■記念館は、中也の生家である中原医院の跡地に建てられた文学館です。館に入ると館長の中原豊先生が中也の生い立ちについて詳しく解説してくださいました(ちなみに中原館長は中也の親戚ではないというから驚きです)。その後、わたしたちは、展示室に入り思い思いに見学しました。わたしが特に印象的だったのは、壁伝いに記された年表です。それを眺めていると、長男文也の戒名「文空童子」と中也の戒名「放光院賢空文心居士」の点と点が線でつながったような気持ちになりました。なぜなら、演習では中也にとって「空」が特別な空間であることが何度も指摘されていたからです。中原中也の詩には「空」が多く登場します。そのいずれもいわゆる浄土や天国のような空間として設定されているようなのです。ここには、中也独自の仏教的ともキリスト教的とも言えない宗教観が反映されていると思いました。(西奈央子)

■中也のお墓を訪ねたとき、最初はすぐに目的地を見つけられなかった。わたしたちは墓園の周りを回って、最後に一番中央の場所でお墓を見つけました。小道のある側には竹があり、強い陽射しが差し込んできて、蝉の鳴き声だけが耳に回っている。友人のひとりが「蝉の声が聞こえますが、誰かがこの詩を担当していませんでしたか」と言った。わたしは、「はい、私です」と返事しました。
 6月14日は担当した「蝉」の発表の日でした。先生はこの日に言いました。「セミの一生は7日間しかありません。やがて蝉が鳴き始めますので、いつから鳴き始め、いつ終わるのか、気をつけて聞いてみましょう。」。そこでその日からわたしはセミの声に気をつけ始めました。蝉の声を初めて聞いたのは6月28日で、その日から8月9日まで43日間続きました。演習で担当した「蝉」と中也のお墓で聞いた蝉の声がつながって、不思議な気持ちでした。(尹懐宇)

■中也に関するDVDや、詩を作曲したCD、自筆原稿など様々なメディアの資料があり、作品への理解を深めることが出来ました。(川原実佳子)

■実際に足を運ぶことで、まだ自分では知らないことが多く知識不足だと実感すると同時に多くのことを学ぶことができました。(伊賀上遥)

■授業で中也のことを少し深堀できたと思っていたが、実際に中也が使っていたノートに作詩中に消した言葉があり、調べても出て来なかった人との関係や周りの環境を写真付きで見たりしたことで、書物の偏りと限界を知らされた。 書籍、資料から情報を収集することも重要だが、実物を自分の目で見て確かめて考察をする事は更に大切だという事に気付けて良かった。(柿添 穂乃夏)

■演習で作品や参考文献を読むだけでは分からない中也自身が見た風景や詳しい生い立ちなどを現地で学び、実物を見たり体験したりすることの価値を感じることができました。(西清華)

■中原中也を授業で取り上げて頂き、多くの作品を知った上で記念館に赴きました。記念館では、中也の生い立ちや他の作家との関わり、そして中也が詩制作を行うにあたっての環境について、詳細な資料を多く閲覧することが出来ました。わたしが印象に残っているものは、中也が息子である文也への思いを綴った資料です。そこには、文也に詩を書いて欲しいこと、詩について学ぶ際は中也自身の詩を読むことの二点が書いてありました。中也の、詩に対する情熱や誇り、そして文也の才能への期待を感じることが出来ました。実際に中也の生きた地を訪れることができ、中也の抱いていた気持ちを少しだけ理解出来たような気がします。(田畑玲)

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