研究紹介 Research

赤枝 香奈子 講師

女性同士の親密な関係

近代日本の女性同士の関係

女性同士の親密な関係について研究しています。

というと、「「親密な」っていうのはどういう意味?」と思われるかもしれません。「友だち同士のこと?」、「母娘関係のこと?」などと想像する人もいるかもしれません。

ここでいう「親密な関係」というのは恋愛関係に近いといえるでしょう。でも、現在、「恋愛」というと多くの人は異性との関係を想像するのではないでしょうか?「結婚」だったらなおのことかもしれません。「恋愛」も「結婚」も異性間でのみ、なされてきたわけではありません。にもかかわらず、なぜ異性との恋愛や結婚が当たり前、さらには正しいものとして考えられてきたのか、ということを、近代日本の女性同士の親密な関係の歴史をたどりながら考えてきました。

「エス」という関係性

大正期の女学生たち(今の中高生くらい)の間では「エス(S)」という関係が広まっていました。女性同士が姉妹のように親しくなる、あるいは疑似姉妹関係を作るので、英語で「姉妹」を表すsisterの頭文字をとってそう呼ばれていたのです。エス以外にもいくつか違う呼び方もありましたし、エスがどのような関係性だったのか、学校や地域によっても異なっていたようです。今でも、ある年代以上の女性であれば、ご自身が知っている、あるいは体験されたエスについて語ってくださる方もいらっしゃるでしょう。

戦前の日本は男女の分離が当たり前とされていた社会です。中等教育以上は男女別学でした。そうしたなかで作られる同性同士の関係は、男女の日常的接触が当たり前となった現在とはずいぶん違っていたと思います。ある研究者はエスについて「友情としても、恋愛的形態をとった友情」と述べています。このような関係は現在のように、友情と恋愛を分けて考える、そして前者は同性との、後者は異性との関係と考えがちな社会では、なかなか理解しづらいかもしれません。

こういう話をすると、女性だけ、あるいは男性だけしかいない環境だったから、同性同士の親密な関係がはやっていたんだ、本来は男女で結びつくはずだ、という意見を述べる人もいます。でも、はたしてそうなのでしょうか?

わたしは雑誌や新聞に掲載された記事などをもとに、女性同士の親密な関係について調べてきたのですが、それらを見ていると、エスのような関係は女学校時代ならいいけれど、卒業後も続けるのはいけない、さらには「異常だ」と論じているものがしばしば見られます。今以上に、ある程度の年齢になったら男性と結婚するのが当たり前とされており、女性が自活する手段が限られていた社会では、多くの女性にとって、女学校卒業後も女性同士の親密な関係を継続することはほぼ不可能だったでしょう(それでももちろん、0ではありませんでした)。それを「男性との真の恋愛に目覚めたのだ」と勝手に解釈していたわけです。

このような「エス」的なものは男女共学が進められた戦後で、いきなりなくなったわけではありません。また、小説やエッセイの形で懐古的に語られることもありますし、あるいはそれとは明示されない形で書かれていながら、行間から読み取れるもの、匂い立つように現れてくるものもあります。そのようなものを見つけたときは、宝物を見つけたような気持ちになります。「女性」といってもその内実はさまざまであり、よって「女性同士」と言っても、さまざまな関係がありえます。ものごとを安易に単純化せず、複雑なものは複雑なままに、とらえがたいものをなんとか言語化しながら、かつての女性たちが生きた親密な関係をなんらかの形でとどめておきたいと思っています。

同性同士の親密な関係をとりまく状況

昨今の日本では、「LGBT」という言葉が、なにか流行語のように使われ、同性婚や同性間のパートナーシップ制度の話題がニュースでも取り上げられる一方、若年のセクシュアル・マイノリティの自殺率の高さも危惧されています。セクシュアル・マイノリティが直面している生活課題にどう取り組むかという問題を考える必要があるのはもちろんですが、このような歴史の掘り起こしによって、多様な生/性の様式がありうるのだということを伝えることで、間接的にでも誰かのエンパワーメントになれば、と思います。

最近は、日本だけでなく、タイやフィンランドで女性同士の関係について調査したりしています。社会によって、また同じ社会でも時代や地域、あるいは階層等によって、女性同士の関係のあり方、現れ方は異なります。それらを見ることで、日本における女性同士の親密な関係や社会の特徴についてより深く理解できます。また、男女の結婚を想像してみればわかる通り、同性同士であっても結婚はゴールではありません。その先に子どもをめぐる問題や別離、老いなどが待ち受けています。もちろん、同性同士のカップルが直面するそれらは男女のカップルのものと同一ではありません。北欧のように、すでに同性婚やパートナーシップ制度が認められている国で、その先にどういう課題があるのかを知ることは、今後の日本で起こりうる状況を予測することにもなるでしょう。

なお、この研究の一部は、平成27年度日本学術振興会科学研究費助成事業 基盤研究(C)の助成を受けて行われています

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