筑紫女学園大学 留学・研修現地レポート

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上海杉達学院(中国)

江本 百寧 さん (アジア文化学科)

八幡中央高等学校(福岡)

中国で2ヶ月前の自分より胸を張って歩けます
Sep . 2017
中国での夏も過ぎ、最近では夕方になると心地よい風が感じられ、今まで19時でも明るい時間帯でしたが、このごろは、暗くなるようになり日が落ちるのも早く感じられるようになりました。
私は、8月23日に北京語言大学での夏季研修を終え、残りの3日を北京で観光しながらゆっくり過ごし、27日に上海に戻ってきました。帰ってきてすぐに感じたのは、上海のおかえりと出迎えてくれるような雰囲気です。上海に帰ってきて一気に元気が湧いてきました。北京と上海とでは、環境も気候も人も全く別物に感じました。北京人と上海人の仲が良くないことを聞いていましたが、とても納得できます。北京は、古風で伝統的な物や建物が多く、気候も比較的乾燥ぎみでカラッとした暑さでレストランや出店などの数も少なく、人の喋りも普通語とされている北京語でした。また、外国人を歓迎する感じもないように感じました。上海は、現代的な物が多く、気候は蒸すような暑さでうっとうしく感じ、思いついた時に手に入るぐらい食事の店が身近です。人の喋りに関してはやはり普通語でも南よりの喋りに感じます。上海語になれば、全く理解できません。っそして、上海は、海も近く海外の人が立ち寄りやすいこともあり外国人が多いです。そのため、外国人に慣れているのか自分が日本人というと割とどこでも歓迎してくれるように感じました。やはり、私は、上海で過ごした生活が長いせいか上海の方が便利で過ごしやすく安心します。また、帰ってきて一番うれしかったことは、相手が言葉にした内容が理解でき、自分の気持ちを中国語で表現し、「君の中国語はいいね!」と褒めてもらえる場面が増えたことです。

23日までの夏季研修は、私にとってとてもハードでした。クラスの雰囲気に馴染むのにも私のクラスの場合、集まる生徒の母国語が英語でないため、自ずとクラスで会話する公用語が中国語になります。そのため、相手からどんどん中国語で話をされますが、私の場合、今までが中国語で自由に会話をする機会がなかったため彼らとの会話にすらついていけませんでした。授業の内容も自分でクラスのレベルを選択できるとはいえ、自分でどこまで理解できてどこまでが難しく感じればいいのかレベルを判断するのは、とても困難でした。私は、授業の内容が全てを理解でき過ぎてもそれは簡単であると考え、私自身の場合、簡単すぎると自分と周りのレベルに余裕を感じて努力をすることを忘れてしまい、難しすぎても授業に参加する意味がなくなると考えます。その難易が適度なレベルを自分で把握するのは本当に難しかったです。また、そのレベルを自分で判断して行動に移すといった自分のことを自分で責任を持たせるところが日本より責任感が重要だと思いました。今、振り返ると授業のレベルとクラスの雰囲気についていくのに必死で、少し理解できる中国語を頼りになんとか毎日を乗り越えていましたが、明らかに自分より一つ、二つ上のクラスにいたなと思います。今では、笑って振り返ることが出来ますが、必死で悩んでいたころは心が涙で沢山でした。しかし、実際、毎日泣きたいのに泣く暇もなく泣くことも忘れていました。毎日が怖くておどおどしていましたが、クラスメイトと頭を抱えながら共に授業を受けていく中で徐々にクラスのムードに馴染めるようになりました。授業を聞いていて、内容が理解できて笑うことができただけで喜びを感じることが出来き、気付いたら研修の期間も終わりがみえてくる時期になっていました。クラスメイト以外にも他のクラスでの友達や学校以外のイベントで設けられた中国人と日本人との交流会で知り合った友達ができ、別れを惜しむまで絆を深めることが出来ました。

そして、いざ上海に帰るとなると北京と学校に愛着を感じ、なかなか気が進みませんでした。北京に来た当初から授業が進むにつれて自分が自分らしくなくなっていくように感じだんだん北京という場所にも語言学校にも嫌気を感じ、毎回、上海と北京を比べる度に上海に戻りたい気持ちが強くなっていた過去が不思議に感じました。北京での夏季研修の約2か月は自分の人生の中で最も短期間で成長を感じた月日でした。環境が変わるのを待つのでなく自分が変えていく努力の大切さを身に感じました。
そして、改めて語学を学ぶ上での努力は生きてきた国によって得意不得意が異なることが分かりました。日本人は、ひらがな、カタカナ、漢字、ローマ字とあらゆる場所で使い分けて気持ちを表現し、見る観察力に優れているため書く分野においてとても有利です。そのため、漢字に似ている簡体字に関してものみ込みが早いです。その点、日本人以外の外国人の多くは漢字に馴染みがないため簡体字パズルのように見え、簡体字を書くのにとても苦労します。そのせいか、リスニングの際には、日本人は普段が聞く力より書く力の方が鍛えられて聞く力が衰えているようで苦戦しがちです。中国語のピンインや四声を判断して表記する際に苦労します。また、聞こえても何とか簡体字にしようとします。一方で外国人の多くは、会話での文法整理の方が得意なためスピーキングとリスニングでの聞く力も多くの日本人よりも得意です。そして、リスニングの際には、聞こえた音から簡体字に表記するのは難しくても聞こえた音をピンインや四声に直します。北京語言大学での私のクラスの授業でもリスニングやスピーキングでは積極的なのにリーディングでは発表の際にも黙り込む生徒や苦手な授業だけきまって受けずに帰る生徒もいました。私は、今まで日本人以外は、聞く力が備わっていて有利だなと思っていました。以前から日本人は書くのが得意だからとはよく言われていましたが、聞く力があれば簡体字に表記するだけなのにとばかり思い、聞く力のある外国人の方がうらやましかったです。

しかし、今回の夏季研修で出会った同じクラスメイトの一人のイタリア国籍の女性が偶然開いていたノートを見て感激しました。彼女のノートには、同じ単語の簡体字がビッシリとノート一面に書かれてありました。確かに練習の最初は「はね・とめ・はらい」がぎこちないですが最後の方はきちんときれいな簡体字を書いていました。日本人の私であれば一度意味を理解すれば次から簡体字にできるものでした。それまで、彼女は口に出して自分が努力していると口に出さないため彼女がそこまで努力をしていると気づきませんでした。私は、特に聞き取り自分で言葉にするのに苦戦するのと同じように彼女の場合は聞き取って簡体字にするのに苦戦しているのだなと感じました。それから、人それぞれ苦手なもの得意なものがあって、努力するものに対しての時間や苦労の厚みに違いがあるのだと思いました。また、目には見えない場所で努力しているのだと思いました。努力で悩んでいるのは私だけでないのだなと少し心が救われると同時に自分が普段している努力の情けなさも感じました。努力を口に出さずに維持をするのは、とても素晴らしいなと感じました。今後も夏季研修で備わった力を糧にして残りの半年の留学生活を充実させたいと思います。
 
 
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